忌野清志郎に関するいくつかの素敵なエピソード
2020.04.01スージー鈴木
忌野清志郎のデビュー50周年というこのタイミングで、彼にまつわる味わい深いエピソードをいくつかご紹介したい。まず、最初のエピソードは一見、忌野清志郎とほとんど関係の無さそうな桑田佳祐との絡みについて。
「RCサクセションのマネージャー&衣装係&ファンクラブ会報誌の編集を担当」していた片岡たまきが著した『あの頃、忌野清志郎と ボスと私の40年』(宝島社)が、83年の夏、札幌・真駒内で開催された、RCサクセションとサザンオールスターズのジョイントコンサートについて触れている。
忌野清志郎は、このようなMCでサザンオールスターズを紹介したという――「初めていっしょにやったけど、なかなかゴキゲンなバンドだったぜ! 最初はブッつぶしてやろうかと思ってたけど、なかなか気に入ったぜ。サザンオールスターズ、ゴキゲンだぜ!」
そうして登場したサザンオールスターズだったが、桑田佳祐は、RCサクセションのライブの迫力に圧倒されたらしく、その日の夜に札幌市内のライブハウスで行われた打ち上げで「今日は、RCに完全に負けました!」と語ったという。
『たいした夏』(CBS・ソニー出版)という、この年のサザンオールスターズのツアーを追った写真集には「〔ようこそ〕でRCのステージが始まった。最初から総立ちだ。(中略)サザンのメンバーはそれぞれにPAミキシング席の周りで見ていた。『誰も気がつかなかっただろうけど、オレ、涙出ちゃった』と桑田は後で打ち上げの席で言った」とある。
83年と言えば、RCサクセションは、名曲『ドカドカうるさいR&Rバンド』を発表した頃で、脂が乗り切っているところ。後のサザンオールスターズが、翌年のアルバム『人気者で行こう』以降、ロックンロール色を弱め、コンテンポラリーな方向に向かった一因は、このときの「完敗」経験があるのではないかと、私は見ている。
次にご紹介したいのは、これも一見、忌野清志郎と関係の薄そうなギタリスト・鈴木茂が、『自伝 鈴木茂のワインディング・ロード』(リットーミュージック)に書いていたエピソード。
はっぴいえんどやティン・パン・アレーで活躍した鈴木茂には、都会的でクールなギタリストとしてのイメージが強いが、それでもギタリストの性として、フルボリュームでギターを鳴らしたいという気持ちが強く、「リード(ギター)の音はメンバーから文句が出る寸前まで(音量を)上げる」らしい。そこで。
――「もう少しギターの音量、下げてください」とはよく言われるけれど、これまで一度だけ「茂くん、ギターの音が小さいよ」って言われたことがある。それを言ったのは、忌野清志郎くん(笑)。
忌野清志郎のボーカルの魅力は、突き抜けるように響き渡るその声である。本人も声に自信を持っていたがゆえに、自分の声と対等に渡り合えるギターの音を望んだのだろう。
それにしても「茂くん、ギターの音が小さいよ」と、「くん」付けで指摘した忌野清志郎を想像すると楽しいし、そう言われて、あわててボリュームを上げる鈴木茂を想像すると、さらに楽しい。
最後にご紹介したいのは、その声にまつわるエピソード。忌野清志郎の盟友、泉谷しげると加奈崎芳太郎(仲井戸麗市とフォークデュオ「古井戸」を組んでいた人)による『ぼくの好きなキヨシロー』(WAVE出版)に、実に興味深い話が書かれている。
「黒人のあの胸板があればなぁ」「オーティス(・レディング)みたいな胸板があればオレもあの声を出せるんだけどな」と、忌野清志郎はよく語っていたという。オーティス・レディングは、忌野清志郎にとって神様のような存在の黒人ボーカリストで、『オーティスが教えてくれた』(2006年)という曲まで遺している。
先に、忌野清志郎の声を「突き抜けるように響き渡る」と表現したが、実は本人は、声にコンプレックスを持っていたのだ。しかし、コンプレックスでひねくれてしまうのではなく、その声を魅力的に響かせるようチャレンジするあたりが、忌野清志郎の凄みだ。加奈崎芳太郎は語る。
――で、ヘッドフォンが付いているアンプを買ってきて、インプットにヴォーカル・マイクを入れ、ヘッドフォンで声を聴きながら、自分の前に鏡を置いて、「あ・い・う・え・お・か・き・く・け・こ」と発声の研究をしていたらしい。
つまり忌野清志郎は、声に自信が無かったからこそ、「ここの音は口の開け方が小さいなとか、ここは舌の形をこうすればもっとハッキリ出るな」と、五十音それぞれに発声を研究したというのである。
桑田佳祐に「今日は、RCに完全に負けました!」と言わせしめ、鈴木茂に「茂くん、ギターの音が小さいよ」と余裕で指示できる、あの爆発的な声は、このような地道な努力の中で生まれたのだ。
忌野清志郎に関する本は、本人の自著も含めて多い。「キング・オブ・ロック」などと崇(あが)め奉(たてまつ)るだけではなく、デビュー50周年というこの機会に、「清志郎本」で、味わい深いエピソードに触れ、生身の忌野清志郎を感じるのも一興である。
(文/スージー鈴木)