野口五郎の音楽性に埋め込まれた「筒美京平エレガント」について
2020.05.01スージー鈴木
それは1977年のこと。私は小学5年生。学校が終わると、仲が良かったシオタの家に、同じく仲が良かった友だち2~3人と向かう。
ポータブルレコードプレイヤーで、キャンディーズのシングルを聴いたり、アブドーラ・ザ・ブッチャーやテリー・ファンクになりきったプロレスごっこをしたりと、夕陽の差すシオタの部屋で、他愛のない時間を過ごすのだが。
その部屋の奥に、シオタの兄貴(大学生)の部屋があったのだ。扉はめったに開くことなく謎めいているのだが、偶然、何かの拍子に扉が開いた。中には、洋楽のレコードがぎっしり並んでいて、壁にはイーグルスのポスターが貼ってあって、その横には、レスポールモデルのエレキギター。
扉の中から出できたのは、初めて見るシオタの兄貴。髪は襟にも届きそうな長髪で、でもうす汚い感じではなく、きれいにブローされている。冬だったのだろうか、暖かそうなダウンジャケットに身を包み、キャメル(タバコ)をポケットに突っ込んで、無言で部屋を出ていった――。
余談が長くなったが、私にとっての野口五郎像は、このシオタの兄貴と重なるのだ。ロック好きなんだけれど物静かな、シュッとしたハンサム。
「ロック好き」と「物静か」――この一見、相反する要素の両立が、(70年代の)野口五郎の絶妙な立ち位置を表していると思う。超絶ギターテクニックを誇るほど、ロックに親しんでいるにもかかわらず、決してシャウトせず、美しくビブラートを効かせるエレガントなボーカリスト。
そう、エレガントなのである。上品にして優美。激しいロック(ンロール)から絶妙に距離を置いた、野口五郎ならではのエレガントな音楽性こそが、西城秀樹と郷ひろみと差別化した、独自の音楽的ポジションを築かせたと考えるのだ。
そのエレガントな音楽性には、仕掛け人がいた。筒美京平である。言うまでもなく、日本作曲界のレジェンド中のレジェンド。
めっぽう多作な筒美京平であるがゆえ、西城秀樹にも郷ひろみにも曲を提供しているのだが、榊ひろと『筒美京平ヒットストーリー1967-1998』(白夜書房)によれば「筒美京平にとって野口五郎は、15年以上の長期間にわたって約90曲の作品を提供した最重要アーティストのひとりである」となる。
本原稿では、個人的に思い入れのある、野口五郎×筒美京平作品を数曲取り上げて、その魅力について語ってみたいと思う。いずれにしてもポイントは、ロックから距離を置いたエレガントさである。
まずは74年の『甘い生活』。作・編曲が筒美京平。野口五郎の代表曲と言えば、翌年の『私鉄沿線』となるが、売上枚数では『甘い生活』の方が上回る(49.4万枚)。
まずはタイトルからして、フェデリコ・フェリーニによるイタリア映画からの引用であり、楽曲全体に、カンツォーネのようなヨーロピアン・エレガントが溢れている。聴きどころは、筒美京平自身によるストリングスやホーンの壮大なアレンジ。
私は、「昭和歌謡」という乱雑な言葉を好まないが、その魅力としての壮大・壮厳・勇壮なアレンジを激しく好む者である。この『甘い生活』は、そんな伴奏の上に、野口五郎の高く細いビブラートが乗っかり、甘くとろけるエレガントが満点の出来となっている。
尾崎紀世彦『また逢う日まで』(71年)、布施明『積木の部屋』(74年)と並ぶ「同棲解消歌謡」。2人が住んだアパートは、それこそ「私鉄沿線」=小田急線沿いだったような気がする。狭い木造アパートの扉から出て来るのは、シオタの兄貴のようなハンサムだ。
次にご紹介したいのは、77年のシングル『むさし野詩人』。ここで登場するのが作詞家・松本隆。松本隆と言えば最近、『赤いスイートピー』など、80年代前半の松田聖子楽曲で語られることが多いが、70年代の松本隆には、80年代作品にはない、独特の優美さに満ちている。
『むさし野詩人』という個性的なタイトルに加えて、「♪15行目から恋をして 20行目で終ったよ」というサビの歌詞が実に美しい。作曲は野口五郎の実兄・佐藤寛だが、編曲が筒美京平。ロックと言うよりはソウルに近いファンキーかつクールなアレンジは必聴。
3曲目は、個人的な野口五郎フェイバリット=『グッド・ラック』(78年)。作曲が筒美京平(編曲は高田弘)。これもロックと言うよりは、当時風に言えば完全に「AOR」の音である。ティーン向けというよりは、より大人に向けて、上品に作り込まれたコンテンポラリー・サウンド。
作詞・山川啓介による「♪男は心にオーデコロンをつけちゃいけない」というフレーズの見事さはどうだ。この後、野口五郎は、翌年のシングル『女になって出直せよ』(これも筒美京平作品)で「AOR歌謡」を極めることとなる。
独特の器用さ、特に抜群のお笑い感覚(コント演者としては、桜田淳子と並んで当時の歌謡界の最高峰)によって、音楽家・野口五郎の輪郭が見えにくくなった感が当時あった。今年は野口五郎デビュー50周年。これを機に、彼の音楽性に埋め込まれた「筒美京平エレガント」を確かめてみるのも悪くない。
(文=スージー鈴木)