女性歌手のカバーまで可能にする、徳永英明の独特の声質を楽しもう
2020.07.14馬飼野元宏
2000年代に入ってから、突如として巻き起こった空前のカバー・ブーム。昭和の時代に作られた数々の名曲が、現在進行形のアーティストのボーカルによって、新たな解釈とともに再び注目を集めることが多くなった。ベテランのアーティストから、新鋭、中堅までがそれぞれ独自の選曲、アレンジで歌われるカバー曲の数々は、単に懐かしいというだけでなく、時にハッとするような新鮮な驚きをもって表現される。
そのカバー・ブームの立役者と呼ばれるのが、徳永英明だ。きっかけは2005年、女性ボーカリストの楽曲だけを集めたカバー・アルバム『VOCALIST』を発表したところ、オリコン・アルバム・チャートの最高5位を記録し、驚異的なロングセラーとなり、同チャートでカバー・アルバムとしては異例の、200週間連続ランクインを果たす快挙を遂げた。さらには第20回日本ゴールドディスク大賞の企画アルバム・オブ・ザ・イヤー、第49回日本レコード大賞特別賞を受賞。『VOCALIST』シリーズは現在まで通算6作が発表されている。徳永はNHK『紅白歌合戦』でも、テレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」や中島みゆきの「時代」を歌うなど、まさに昭和歌謡のカバー・キングとして幅広い世代から支持を得るシンガーとなっている。
ただ、徳永英明は単にカバーが得意な、歌の上手いシンガーというだけではないのはご存じの通り。86年1月21日に「レイニー ブルー」で歌手デビューし、翌87年に「輝きながら…」のヒットでブレイク。アニメ『ドラゴンクエスト』の主題歌「夢を信じて」や、カラオケの定番曲として多くの人に愛される名曲「壊れかけのRadio」など、幾多のヒット曲をもつシンガー&ソングライターでもある。そして代表曲にメランコリックなバラード作品が多いことからも、名バラディアーとして確固たる地位を築いている。
徳永英明の魅力は、何と言ってもあの繊細なボーカルにある。ややハスキーがかった高めの声質で、1音1音を丁寧に発音しながら、まるで聴くものの心に寄り添うように、語り掛けるように歌うのだ。それが高音域になるとキューンと切ない歌い方となり、リスナーはまるで自身の少年時代、少女時代を追想してしまう。「壊れかけのRadio」に代表されるように、徳永の自作曲には青春期の回想を歌ったものが多いが、あの独特の声質にこそ、聴くものを若き日の青春の時間に連れて行ってくれるマジックがあるのだ。
それゆえ、カバー曲には実に適したボーカルと言えるだろう。しかも女性シンガーの楽曲を歌うというのは、まさしくこの人の、あの声でないと成立しない独自のワールドなのだ。
今回、歌謡ポップスチャンネルでは、2011年に行われたホール&アリーナツアー「25th Anniversary Concert Tour 2011 VOCALIST & BALLADE BEST」の最終日、さいたまスーパーアリーナでの模様を放送する。このライブを観て驚くのが、自身の曲とカバー曲の、絶妙なブレンド具合である。たとえば、オープニングは「時代」ではじまり、次に自身の「抱きしめてあげる」に繋がるが、その流れに何の違和感もないのだ。見事な融合ぶりというより、どれも徳永自身のレパートリーとしてそこにあったかのような自然さである。『VOCALIST』シリーズのアレンジは坂本昌之が手がけているが、この坂本をライブでのバンマスとして起用していることも大きい。また、カバー曲のアレンジはユーミンの「卒業写真」や山口百恵の「いい日旅立ち」など、原曲のアレンジと異なっているものの、オリジナルの魅力を壊すことなく、一層繊細に、その言葉の1つひとつが届くようなアレンジが施されているのだ。特に独特の世界観が広がるのが一青窈の「ハナミズキ」で、これは女性ボーカルで男性の心情を歌った曲だが、それを男性の徳永が歌うことで、一周回って元に戻ったような印象を受ける。ただ、この曲が男性人称で歌われているといっても、武骨な男っぽいボーカルでは説得力は出ず、少年性を湛えた徳永の甘いボイスあってこそ、正当な表現に聴こえてくるのだ。これはコンサートの白眉でもあり、名唱の1つである。自身の曲では、重たいムードのメロディーラインを持つドラマチックなバラード「青い契り」も、徳永流のAORとして魅力的で、「LOVE IS ALL」のスケール感も素晴らしい。
ステージの後半はアップテンポなロックテイストのナンバーが並び、バラディアーとしての徳永英明しか知らない人には新鮮な驚きだろう。意外なことに男性ファンの声援も大きく、幅広い層に支持されていることがよくわかる。ちょうどこのステージは徳永のデビュー25周年の記念ツアーでもあるが、取り上げたカバー作品は、70年代の楽曲から90年代のものまでこれまた幅広く、自身の25年間の歩みと、昭和~平成と歌い継がれた幾多の名曲が織り交ぜられた構成となっている。彼の甘い歌声を水先案内人にして、聴き手を青春時代へと引き戻してくれる魔法の2時間なのだ。
(文=馬飼野元宏)