「セルフプロデュース歌手」としての中森明菜

2020.07.03スージー鈴木

歌謡ポップスチャンネルで放送されているNHK『レッツゴーヤング』をよく見ている(これ、忖度ではなく事実です)。

74年から86年まで放送されていた音楽番組なのだが、中でも80年代前半、特に80~82年あたりの回を見ていて痛感するのは、この時期の日本が「かわいい至上主義」だったということだ。言い換えれば、この時期の日本は「かわいい帝国」だった。

髪型はおそろしく丁寧に整えられたパーマ、そしてパステルカラーのセーターやミニスカート、ハイソックス。女の子だけでなく、男の子も実に「かわいい」。83年以降は、短髪・刈り上げでモノクロームなモードが、「かわいい」を徐々に飲み込んでいくのだが。

考えるのは、中森明菜が、そんな「かわいい至上主義」の時代にデビューしたことが、彼女にとって本当に幸せだったのかどうか、ということである。

中森明菜について、真っ先に思い出すのは、84年元日発売のヒット曲『北ウイング』にまつわるエピソードだ。ほとんど知られていない話だと思うのだが、少なくとも私にとって、このエピソードは決定的なものなのである。

『Hotwax presents 歌謡曲名曲名盤ガイド作曲家編 1959-1980』(シンコーミュージック・エンタテイメント)という本に書かれていた以下の2つのフレーズを見て、私は腰を抜かしたのだ――「林哲司(註:『北ウイング』の作曲家)でという指名は明菜自身によるものだった」「タイトルが明菜自身の提案だった」。

さらに『昭和歌謡職業作曲家ガイド』(シンコーミュージック・エンタテイメント)という本には、当の林哲司による「明菜さん本人からオメガトライブを聴いて『この人に書いてほしい』と進言があったとディレクターから聞きました」という発言が掲載されている。

本当かよ!

中森明菜、65年7月13日生まれ(余談だが小泉今日子と同学年。さらに余談だが私の1学年上)。ということは、この曲が制作されたであろう83年暮れの段階で、まだ18歳である。

『少女A』や『1/2の神話』などのヒット曲があったといっても、まだ二十歳にも満たない少女が、自らタイトルと作家を指定できるのか、それを周囲のスタッフが許すのか、そして一番の驚きは、その少女によるディレクションが見事に吉と出て、61.4万枚(オリコン)のヒットに至るのか、という点にある。

杉山清貴&オメガトライブからの影響を探ってみる。『北ウイング』の顔であるサビにして歌い出しの「♪Love Is The Mystery~」には、言われてみれば確かに、『北ウイング』と同じく「作詞:康珍化、作曲:林哲司」コンビによる『SUMMER SUSPICION』(83年)のサビ=「♪I can't say 夏が来て~」の遺伝子を感じる。

ただし、それだけではなく、同じく「作詞:康珍化、作曲:林哲司」コンビによる杏里『悲しみがとまらない』(83年)の「♪I Can't Stop The Loneliness~」の遺伝子をも感じるような気がするのだが。

考えられるのは、「♪I can't say 夏が来て~」「♪I Can't Stop The Loneliness~」のメロディーが気に入って、中森明菜が林哲司を指名したという経緯である。しかし、繰り返すが、いくらメロディーが気に入ったとしても、18歳の、それもアイドルとされている少女が、林哲司に作曲をお願いしたいと考えるものだろうか。それも「北ウイング」という、当時の成田空港に実在した固有名詞をタイトル案に携えて――。

もう一冊引用する。中川右介『松田聖子と中森明菜 一九八〇年代の革命』(朝日文庫)から。当時の中森明菜は「私の夢はどんなジャンルの歌でもうたいこなせる歌手になること」と語っていたらしく、また「暇さえあればレコードを聴いてい」たというのだ。

とすると、先のエピソードに対して、少しだけ合点がいく。つまり中森明菜という人の本質には、まず「音楽主義」があり、そして、自分が思う音楽を目指して、タイトルや作家を、自らがコントロールする「セルフプロデュース歌手」への志向があったと考えられるからだ。

ここで再度思うのは、そんな「音楽主義」の「セルフプロデュース歌手」と、「かわいい至上主義」との不具合である。さらに言えば、「ちょっとエッチな美新人娘(ミルキーっこ)」などのキャッチフレーズを付け(させられ)て、デビューした16歳(82年、『スローモーション』でのデビュー時の年齢)の胸の内である。

歌謡ポップスチャンネルでは、中森明菜の誕生日(7月13日)に、彼女が出演する『レッツゴーヤング』『ポップジャム』『80年代女性アイドルソング 中森明菜アルバム・コレクション』を連続放送する。初期の中森明菜の初々しさ、さらには、その向こう側に透けて映る、「音楽主義」と「かわいい至上主義」の狭間で、少しばかり居心地悪そうにしている「少女A(=Akina)」の胸の内をも確かめてほしいと思う。

(文=スージー鈴木)

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スージー鈴木

1966年11月26日生まれ、大阪府出身。音楽評論家にして、野球評論家でもある稀有な存在。大学在学中に“スージー鈴木”名義でラジオデビュー。その後もラジオ出演や執筆活動を精力的にこなす。著作に『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮社)、『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲の解放区』(KADOKAWA)、『80年代音楽解体新書』(彩流社)など多数。BS放送『ザ・カセットテープ・ミュージック』(BS12 トゥエルビ)にレギュラー出演中。千葉ロッテマリーンズの熱烈なファンとしても知られている。 

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