アリスの熱気を冷凍保存した99分

2020.11.13スージー鈴木

■1978年、クラスのお楽しみ会の「アリス」

「こんなん俺らに弾けるんか?」

1978年の春頃、小6になったばかりの5人の少年が、東大阪市の路地裏でギターを見つめながら、戸惑っている。抱えているギターはバラバラだ。姉貴のフォークギターを持ってきた者もいれば、私は物置に眠っていたクラシックギター。もう1人はウクレレで、残る2人は、ギターの形に切り取ったダンボールなのだから、楽器ですらない。

何に突き動かされて、ギター(のようなもの)を弾こうとしているのか。それは――アリスになるためである。

近く開催されるクラスのお楽しみ会。そこでその頃、突然ブレイクしたアリスの『冬の稲妻』を演奏することに決まったのだ。決まったのはいいが、コードのことなど誰も知らない。そこで姉貴からギターを借りてきた、少しだけ心得のある1人が、訳知り顔で言った。

「とりあえず、GとAmとDを繰り返したらええねん」

分かったような分からないようなまま練習を重ね、いよいよお楽しみ会の当日となった。ステージは教室の前方、机を後ろに詰めて、教壇を引き上げて、広い空間が出来ている。楽屋は廊下だ。5人がギター(とウクレレと段ボール)を抱えて緊張している。そして私は谷村新司風に、当時「アポロキャップ」と言われた帽子を深くかぶった――。

■アリスが教えてくれたコードストロークの快感

東大阪の5人組のみならず、1978年頃、アリス・サウンドは、全国の少年を突き動かした。そして、多くの少年がアリスを契機に、フォークギターに手を伸ばしたのではないだろうか。

加藤和彦や長渕剛、洋楽ではポール・サイモンなど、日本のフォークギター人口を拡大した音楽家はたくさんいるだろう。ただ、私の考えでは、アリスの谷村新司、堀内孝雄は、「フォークギター人口を拡大した音楽家」ランキングの中で、そうとう上位に位置すると考える。かくいう私が、彼らに感化された口だからだ。

では、アリスの何が、私(たち)を突き動かしたのか。それはジャン・ジャン・ジャカ・ジャカと歯切れのいい、あのコードストロークの音である。代表的なのは『今はもうだれも』(75年)のイントロ、あの音。もちろん『冬の稲妻』のバックでも、ジャン・ジャン・ジャカ・ジャカは鳴り響いている。

当時のフォークギターの教本では、アルペジオやスリーフィンガーなど、右手の指それぞれで1本ずつ弦を弾く、細かな奏法をマスターすることが上等だという空気が強かった。

対してアリスは、ピックを使って、6本の弦を一気にジャン・ジャン・ジャカ・ジャカと弾き続ける。そして、ジャン・ジャン・ジャカ・ジャカに乗って、乾いたドラムスやツインリードギターがカラッと響き渡る。そう、アリス・サウンドはとっても乾いていたのだ。

アリスによる、西海岸風の乾いたサウンドが、アルペジオで弦をこちょこちょイジる、暗くて湿った日本のフォークソングを両脇に追いやり、全国の少年たちの耳に飛び込んできた。少年たちは、その足で楽器店に飛び込み、フォークギターの棚を見つめ、手に取り、自分でもジャン・ジャン・ジャカ・ジャカと演(や)ろうとした。

あれから40年以上が経ち、彼らの多くは、ギターのことなど忘れてしまったのだろうが、でもその中の何割かは、今でもギターを愉しんでいる。その1人が私である。

■当時の熱気を不可分なく伝える理想的な映像作品

「1978年のアリス」の凄味が、ほとんど語られないのはなぜだろう。

最近は「昭和歌謡」や「シティポップ」の大ブームらしく、70~80年代の音楽を振り返る番組や書籍も多い。当時をよく知る(当時の)若者が、当時の話をうっとりと語り、当時を知らない(今の)若者が、当時の話にうっとりと聞き入るという構図に触れることが多い。

それはそれで悪いことではないと思うのだが、「70年代は拓郎、陽水、こうせつ」で「80年代に入ったらアイドル全盛時代」で、「永ちゃん、サザン、達郎、ユーミンは別格的な神」みたいな話が繰り返される中で、ポロポロと抜け落ちているものがあると思うのだ。

例えば「1978年のアリス」であり「1979年のゴダイゴ」である。シンプル化した歴史観の中では、どうにも位置付けにくいかもしれないが、それでも、70年代後半を席巻したアリスやゴダイゴの話を捨象するのは、あまりにバランスが悪い。

そう考え、拙著『恋するラジオ』では当時のアリスのことを語り、『1979年の歌謡曲』ではゴダイゴについて存分に書いてみたのだが、ともあれ、今求められているのは、冷静で正確な「アリス観」「ゴダイゴ観」だろう。

『Alice THE MOVIE 美しき絆』は、当時のアリスの熱気を不可分なく伝えてくれる。コンサートツアーを追った作品だが、中にはインタビューや小芝居(笑)なども含まれ、観ていて飽きさせない理想的な「音楽映画」だ。

この99分の映像の中には、アリスに感化されたあの頃の少年が多数映っている。今回の放送を機に、あの頃の少年をジャン・ジャン・ジャカ・ジャカと突き動かしたアリスの功績が、しっかりと語られる機運が高まればいいと思う。  

(文=スージー鈴木)

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スージー鈴木

1966年11月26日生まれ、大阪府出身。音楽評論家にして、野球評論家でもある稀有な存在。大学在学中に“スージー鈴木”名義でラジオデビュー。その後もラジオ出演や執筆活動を精力的にこなす。著作に『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮社)、『カセットテープ少年時代 80年代歌謡曲の解放区』(KADOKAWA)、『80年代音楽解体新書』(彩流社)など多数。BS放送『ザ・カセットテープ・ミュージック』(BS12 トゥエルビ)にレギュラー出演中。千葉ロッテマリーンズの熱烈なファンとしても知られている。 

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