芸能生活50周年を迎えた八代亜紀の軌跡をたどる

2020.12.04児玉澄子

11月の歌謡ポップスチャンネルでは、芸能生活50周年を迎えた八代亜紀の特集番組をずらりとラインアップ。26歳当時の八代亜紀が『愛ひとすじ』や『もう一度逢いたい』といった初期名曲の数々を披露する「ビッグショー 八代亜紀」(1976年放送)や、豪華歌姫が競演した「ふたりのビッグショー 青江三奈&八代亜紀」(1994年放送)、「ふたりのビッグショー 八代亜紀&藤圭子」(1997年放送)などの過去番組で魅力を再発見するほか、「宮本隆治の歌謡ポップス☆一番星」では前編・後編にわたってゲスト出演。50年の軌跡と近年の活躍を、貴重なライブ映像とともに語り尽くす。

レコードデビューこそ1971年だが、彼女の歌人生はそれよりずっと以前まで遡る。歌との出会いは、幼い頃に父がギターを弾きながら歌って聴かせてくれた浪曲。そして歌手を目指すきっかけとなったのは、12歳のときに父が買ってくれたジャズシンガー、ジュリー・ロンドンの1枚のレコードだった。「八代演歌=浪曲の情感×ジャズのノリ」と評されるのは、こうしたルーツのゆえんだ。

父親譲りのハスキーボイスにどこかコンプレックスがあったという彼女だが、ジュリーの渋味がかった歌声にたちまち魅了される。遠い海の向こうのジャズクラブを夢見ながらも、まだまだ手が届かない時代。中学卒業後にはバスガイドとして勤めるかたわら、18歳と偽って地元のキャバレーのステージに立つ。

ところが3日でバレて父親から大目玉。勘当され、16歳で熊本から単身上京。銀座のクラブ歌手となり、リクエストのままにスタンダードからシャンソン、カンツォーネ、もちろん大衆歌謡もなんでも歌った。

「歌謡ポップス☆一番星」では当時の写真も紹介。ツイッギーブームの頃だろうか、スタイル抜群で華やかな顔立ちの彼女にマイクロミニのワンピースがなんとも瑞々しい。

若いながらに哀感をたたえた歌声は超一級。しかしひとたびステージを降りれば、底抜けに無邪気で純粋。そんな彼女を夜の蝶たちは「アキちゃん、アキちゃん」と妹のように可愛がった。彼女の歌に涙し、毎晩聴きたいと店を移ってきたホステスもいたという。

噂を聞きつけたレコード会社のスカウトも日参するようになった。しかし「一流の歌手はクラブで歌うもの。私はレコード歌手にはならない」と自らに課したルールに基ずき、ことごとくオファーを突っぱねていたという。

そんな頑なな彼女を説得したのはお店に勤めるお姉さんたちだった。「お店でアキちゃんの歌を聴けるのはうれしい。だけど世間には私たちみたいに悲しい辛い人がいっぱいいる。日本全国のそんな人たちにアキちゃんの歌を届けたいのよ──」。

当時の夜の店には、若い彼女には知り得ない暗い境遇を背負った女性たちもいた。店では賑やかに振る舞うホステスが、裏路地で泣く姿を見たこともあったという。純粋な目で見つめてきた、そんなたくさんの女の人生もまた歌の糧となったのだろう。初期のヒット曲には『なみだ恋』や『おんな港町』といった女心を歌った歌が多い。

また『舟唄』や『雨の慕情』といった不朽の名曲を歌い、"演歌の女王"の呼び名を得た80年代からは女子刑務所の慰問公演をライフワークとして、2000年には日本全国すべての女子刑務所への訪問を達成している。

常々、八代亜紀は「私は表現者ではなく代弁者」と語っている。誰しもおおっぴらには語れないことの一つや二つはある。そんな言葉にならない思いを歌で代弁すること。それが比類のない歌声を授かった者の役割であるといつしか悟った彼女の歌に、大衆は自らの痛みや悲しみ、喜び、愛おしみを託してきた。それが不世出の歌手・八代亜紀の50年の軌跡だ。

"演歌の女王"の名は揺るぎないが、近年はブルース、ポップス、アニメソング、さらにはモンゴル民謡とジャンルを超えて八代亜紀の歌声が求められている。中でも小西康陽プロデュースによるジャズアルバム『夜のアルバム』は世界75カ国で配信され、2013年のビルボードジャパンのジャズアルバムチャート年間1位を記録した。これを受けて、同年にはニューヨークの老舗ジャズクラブ・バードランドに招聘される。ライブは連日満員。12歳のころの夢がついに叶ったのだ。

「歌謡ポップス☆一番星」ではこのライブの貴重な映像も披露される。地元のミュージシャンたちと競演したジャズバージョンの『舟唄』はとにかくカッコいいのひと言! 歌うことの喜びを全身にみなぎらせた圧巻の歌唱シーンをぜひご覧いただきたい。

ところでバードランドでのある夜のこと、『舟唄』を歌い始めるやいなや、最前列に座っていた黒人カップルがキスを交わすのを目撃したことを彼女は明かしている。異国の恋人たちは八代の歌にどんな思いを託していたのだろうか。番組でそんな思い出をキャッキャと語るさまはまるで少女のよう。年齢を重ねても変わらぬ可愛らしさとちょっぴり天然なキャラクター。それもまたテレビで八代亜紀を堪能する楽しみである。

(文=児玉澄子)

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児玉澄子

芸能、音楽ライター。1994年、日本大学芸術学部卒業後よりフリーランスとして活動。インタビューを中心に分析記事なども執筆。

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