歌謡界の“笑顔配達人”三山ひろしが落語に挑む
2021.05.11秦野邦彦
三山ひろしの魅力はなんといっても広い音域と清潔感のある声質。聴く人に安心感を感じさせ、活力を与えることから“ビタミンボイス”なるキャッチフレーズも誕生。ステージで歌いながら特技のけん玉(けん玉道四段)を披露する姿もすっかり定着し、令和の世を照らす明るさと実力を兼ね備えた新世代のスターだ。
1980年9月17日、高知県南国市生まれ。幼い頃から祖母の勧めで詩吟教室に通い、24歳で「NHKのど自慢」高知県土佐清水市大会に出場するや見事チャンピオンに。プロの演歌歌手を志して25歳で上京後、勤めたレストランのオーナーが演歌歌手の松前ひろ子だったことから、松前の夫で「男の港」「祝い船」などのヒットを生んだ作曲家・中村典正の下で3年間修行。2009年のデビュー曲「人恋酒場」は10万枚を突破しゴールドディスクに認定。懐かしい流行歌の数々を歌うアルバム『歌い継ぐ!昭和の流行歌』『歌い継ぐ!日本の流行歌』もシリーズ化され、現在は今年1月にリリースした最新シングル「谺-こだま」が好調なセールスを記録中だ。
彼の名を広く世に知らしめたのが、2015年に「お岩木山」で初出場した「NKH紅白歌合戦」。以来6年連続で出場しており、17年からは特技を生かして歌唱と並行したけん玉リレー世界記録に挑戦。日本で最も視聴率の高い番組というプレッシャーから過去二度失敗したものの、昨年はリレーのラストを務める三山まで全員成功。「北のおんな町」を歌い終え、見事125人のギネス世界記録更新を達成した。
かつては流行歌と言われ、春日八郎、美空ひばりらが新天地を切り開き、1970年代にはジャンルとして完全に定着した「演歌」。古来から伝わる民謡と同じヨナ抜き音階(ペンタトニック・スケール)と呼ばれるコードが多用され、日本的な情景や男女の悲恋を扱った歌詞とともに北島三郎、五木ひろし、森進一、都はるみ、八代亜紀、石川さゆりらが数多くのヒット曲を生み出していった。
人生経験を積むほど良さがわかる分野だけに年配層のファンが多いことも事実だが、細川たかし「北酒場」(82年)、北島三郎「まつり」(84年)、氷川きよし「箱根八里の半次郎」(00年)に代表される躍動感に満ちた楽曲は世代を超えたパワーの源。座右の銘が「初心忘るべからず」の三山もまた、伝統を大切にしながら誰もが笑顔になれる演歌を生み出すべく日夜奮闘中なのだ。
歌謡ポップスチャンネルでは今年3月より3カ月連続で三山の魅力を様々な角度からお届けしてきたが、最後を飾るのは大きな挑戦。前哨戦となるチャンネルオリジナル番組『三山ひろし×立川志の春 落語対談』(4月放送)をご覧になった方は芸能への真摯な姿勢に驚きと感動を覚えただろう。
そもそものきっかけは昨年1月に開催された東京・明治座で初の座長を務めた「三山ひろし特別公演」に遡る。明治から昭和にかけて生き抜いた将棋名人の生きざまを舞台化した第一部「阪田三吉物語」は落語家・立川志の輔一門である立川志の春の新作オリジナル落語が原案。感銘を受けた三山は、それまで馴染みのなかった落語の奥深さに開眼。さらなる魅力を知るため、実現した対談だった。
お相手の立川志の春は異色の経歴の持ち主で、米国の名門エール大学を卒業後1999年に三井物産に就職するも師匠・志の輔の落語に衝撃を受け、弟子入りを志願して2002年に門下へ。根底にはアメリカ人が「自分の国こそ世界No.1」と強烈な自負心を持っていることに対し、自分が日本の素晴らしさをちゃんと伝えられなかったことが大きなショックだったからだという。古典落語、新作落語、さらには英語落語をレパートリーに国内外で活躍し、昨年4月に真打に昇進。さらなる飛躍が期待される存在である。
江戸時代に生まれた伝統的大衆芸能のひとつである落語。三山はまず「一人の姿からいろんなイマジネーションをお客様に引き出さなければいけない。これは歌にはない、さらに高度な部分」と分析し、志の春を感動させる。そこから落語の歴史、使用する道具、噺のジャンル、古典落語と新作落語の違いなど初心者にもわかりやすい解説がテンポよく続き、互いの下積み時代の経験談から演歌界と落語界の共通点・相違点が次々と浮かびあがり「気をつかえなかったら、いつまでも弟子のまま」「師匠は技術は教えてくれない。何を教えたかというと普段の生活」といった言葉が飛び出す頃にはすっかり意気投合した二人。対談の最後、三山が落語の師匠になっていただきたいとオファーすると志の春も「落語界にとって嬉しいこと」と快諾。
今回放送される特別番組『三山ひろし落語 日本の伝統芸に挑む』は、約1カ月にわたって志の春の下で真剣に取り組み、実際に落語を披露するまでを追ったドキュメント番組。これまでも敬愛する三波春夫の長編歌謡浪曲『元禄名槍譜 俵星玄蕃』などに挑戦してきた三山にとって長台詞を覚えることに不安はないと思われるが、はたして短期間のうちにどこまで仕上げてくるか落語好きならずとも見届けたいところだ。
変化することを恐れず、常に切磋琢磨を忘れない三山ひろし。昨年12月“三山ヒロシ”名義でリリースした「その名もコノハナサクヤヒメ」(作詩は名曲「君は薔薇より美しい」など数々のヒット曲を手がけた門谷憲二、作曲は人気バンド「在日ファンク」ボーカル兼リーダー浜野謙太)軽快なポップスで、従来のファンを驚かせたばかりだが、落語への挑戦もこれから歌手として必要な表現の幅を広げる絶好の機会となるだろう。
滑稽噺か、人情噺か、はたまた怪談噺か──どういう演目が選ばれ、あのビタミンボイスで披露されるのか。もちろん最新曲「谺-こだま」や最新アルバム『歌い継ぐ!日本の流行歌 パート2』に収録されている楽曲「上を向いて歩こう」「人形の家」など歌唱ステージもたっぷり用意したプログラムなので、ぜひとも楽しみにしていただきたい。
(文=秦野邦彦)